第 三 十 五 章



真価 


【本音とたてまえ】 

 私達はよく「本音で話し合おう」ということをいいます。これは、『本音とたてまえ』というように、私達はふだん、本音とたてまえをうまく使い分けて話すことが多いからではないでしょうか。このたてまえは、世の中をスムーズに循環さすためには必要なこともありますが、ひとつ間違うと、偽善になってしまう場合があるのです。
 ところが、人間はある状況下になると、本音の出ることがあります。それは、自分が追い詰められた時や、咄嗟の時ではないですか。いつも人前では良いことを言っていたり、またいつも人には優しく接していても、いざ自分が困った時には逆の態度をとる人がいます。このように、人間はあらゆる環境や状況によって、とる態度が変わってきます。
 つまり、人間は土壇場の時が大切だということになります。例えば、普段からコツコツと勉強していても、いざ試験という時に緊張してしまって受験に失敗する人、またスポーツでも普段からよく練習をする人が、いざ試合になると力が発揮出来ないなどがあります。これなどは、本音の問題というより精神的な弱さの問題ですが、実はこのような人も普段から自分が自意識過剰であるということに気付いていない人が多いのです。
 自意識過剰とは、つまり自分のことを必要以上に気にしているということですが、裏返すと自分に自信が持てないということになります。そうすると他人の目が気になって、自分のマイナス部分ばかりをイメージしてしまうのです。このような人は、いざという時に、自分の悪いイメージが出てくるのです。ということは、土壇場で自意識過剰という本音が出たのだといえるでしょう。
 また先程も言いましたように、人にはいつも「私は困った人を見ると助けたくなるのです」とか「私は人のお世話をすることが生き甲斐なのです」等と言っている人ほど、いざとなると逆の態度をとる人がいます。では、このような人は普段から嘘をついているのかというと、以外にそうではなく本人自身も、自分の本音がわからずにいることがあるのです。
 人に必要以上に、「私は○○するのが生きがいです」とか「私は○○のような人間なのです」等と話すということは、「自分はそのような人間なのだ」とわかってもらいたい気持ちが人一倍強いということになります。これも、自意識過剰ということで、自分に自信が持てて無いということになるのです。
 そのため、いざという時には自分の弱い部分が出て、逆の態度をとってしまうことがあるのです。
 人間は、順風満帆の時ほど、自分の心を見つめることを怠るものです。つまり、人生順風満帆の時ほど、案外自分の本音がわからずに、ついうわべだけで生きてしまうことが多いということです。

【土壇場がチャンス】

 そうすると、順風満帆でない時とはどのような状態なのでしょう。それはつまり、病気になった時や仕事に失敗した時、身内が死んだというような不幸にみまわれた時ではないですか。
 それを仏教では、【四苦八苦(生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦)】といいます。それも、土壇場というように、その苦しみの切羽詰まった時や咄嵯の時のほうが自分の本音に気付きやすいのです。
 例えば、あなたが事業に失敗したとします。多くの借金をかかえて途方にくれた時、どのようなことを考えるでしょう。債権者から逃げようと考るか自殺を考えるか、それとも堂々と謝って、一生をかけて返済しようと考えるか、どうでしょう?
 またあなたが、医者から死の宣告をされたらどうでしょう?どのような態度をとるか、その時になってみないとわからないと言うのではないですか。そうです。その時になってみないと自分の本音などわかりにくいものです。
 ところが、その本音がわからないと、自分の欠点を修正して心の向上などありえないのではないでしょうか。ふだんから、自分を見つめていつも自分に厳しくある人はそうでもないでしょうが、人間順風満帆の時に自分をよく見つめて、反省を怠らない人は少ないものです。つまり、土壇場で自分の本音がわかってからが、真価の問われるチャンスだということです。いくら、ふだんから良いことをいっていても、そのときに逆の態度をとるならば、自分で自分を裁くのです。
 人から裁かれるよりどれほど辛いものなのかがよくわかると思います。その時の頑張りが、魂を向上さすのです。そうすると、私達が苦しみというものを伴う病気や不幸や失敗というものは、人間にとってある程度必要なものだと思いませんか。
 普通に考えると味わいたくないいやなものですが、自分の魂向上にとっては必要だともいえるでしょう。

【地球環境は今どんな時期?】

 その魂の向上のチャンスが、西暦二〇〇〇年前後のこの時機にきているのです。
私達日本人の生活レベルは、今が順風満帆のように見えている時ですが、世界的に見ると大変な時代にきているのです。
 それは、まず地球環境問題です。
 地球環境は今大変な変化のきざしがあらわれてきています。温暖化・オゾン層破壊・動植物の絶滅・熱帯林の破壊・砂漠化・酸性雨・大気汚染・海洋汚染・環境ホルモン等々に伴う異常気象です。これは人口爆発による人間活動の増大が原因であると多くの研究者は指摘しています。
 人口爆発とは、急激に人口が増えることですが、さてどの程度一気に人口が増えたのかを調べてみますと、19世紀の始めには10億人に満たない数字であったのが、20世紀に入って人口は約16億人から百年間で約60億人に増大しているのです。
一九九八年に国連人口部が発表した世界人口推計では、二〇五〇年には89億人に増加することが示されていますが、開発途上地域における出生率が低下することを予想した数字であって、出生率の低下ペースが遅くなると、一〇七億人まで膨れ上がる可能性も指摘されているのです。
 つまり、世界の人口は現在1秒間に3人のペースで増え続けており、このまま進めば、水不足や飢餓など人類史上経験したことのない最悪の事態に向かっているのです。
 それに、人口増加にともなった人間活動の増大で、地球全体の温暖化が急速に進んでいます。これも科学者によると、現在は13万年前に生じた気温上昇のピークと同じ程度と言われています。
一九九五年12月公表の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第2次評価報告書によりますと、二一〇〇年までに地球の平均気温が2℃上昇し、海面が平均50cm上昇すると予測されています。
 このように温暖化が進むと、日本の冬季では日本海側の降雪量が変化し、夏季にはモンスーンが強まり、降水量の多い地域ではより多くなり、少ない地域ではさらに少なくなってくるのです。そして、海面が上昇すると台風による浸水被害は増大します。また海面上昇により砂浜は後退し自然のバランスをとろうとしますが、堤防があるために後退できず消滅してゆき、そのため砂浜のもっ自然浄化能力などが低下します。
 これ以外あらゆる自然生態系にも悪い影響を与えてゆきます。このまま地球環境に大変化が続くと、人類にとって最悪の事態はまぬがれないのではないでしょうか。

【物質主義の人間】

 はたしてこの原因はどこにあるのでしょう?
 それは、人間の足ることをしらぬ欲望からなのです。人間の科学の発達は、便利さや物の豊かさや合理的なものを中心に、唯物論的に発達してきました。つまり、18世紀の産業革命をかわきりに、輸送革命・医療革命・農業革命等がそうです。人口はこの産業革命をきっかけに急激に増えてきたのです。
 世界は資本主義国家と共産主義国家の二つに分かれています。どちらが良いのかよく議論されるのですが、このどちらも唯物主義なのです。
 物の豊かさを第一に考えて世界を形勢していく政治が、今日の地球環境をつくったといえるでしょう。
 まずは、物を中心に平等にしようと考えた、共産思想の国家であるソ連は崩壊しました。その結果、資本主義国家であるアメリカが世界の中心になり、世界の経済は物質の象徴でお金中心の経済である金融経済が主流になってきました。人間にとって、確かに経済は大事なのですが、心と体と経済の三つのバランスが大事なのではないでしょうか。
しかし、今の経済の中心は金融経済なのです。大学でさえ経済学はケインズの金融経済を中心に教えているのです。金融経済とは、体を使わずに楽して儲けようという考え方です。お金が商品になり、お金がお金を生んでいくのです。それにお金のたくさん持っている人は、社会的地位が上がり、人格まで素晴らしく見えてくるのです。そのために、私達人間は「さきだつものはまずお金」「お金が無いと何もできない」「お金は無いよりあったほうがよい」等という考え方が多くなってきているのでしょう。
 人間は楽して儲けたお金でどんどん贅沢なもの買い、どんどん快楽的なものへお金を消費するようになるのです。そのために物の生産は、早くて便利なものを次から次へと作ったり、また贅沢で美味しいものを作り出すのです。
 その結果、合成洗剤・染料・化粧品・プラスチック・可塑剤等々の産業化学物質を作り出し、ゴミ焼却等でダイオキシンを作り出したりします。それに食べ物を効率よく生産するために、除草剤・殺虫剤等の農薬を作り出しました。このようにみれば、人間の飽くなき欲望が、現在の地球環境を作り上げたといえるでしょう。このような不自然な人間の行為は、正していかなくてはなりません。
 唯物論の共産主義国家のソ連が崩壊していくなら、唯物主義の資本主義国家も行き詰まりが来るはずです。それはまず、アメリカの株の変動が大きなポイントになるでしょう。
現在(一九九九年日)、ニューヨーク株終値は一万一四〇五・七六ドル過去最高値になっています。このままいくと、まだまだ最高値を更新していくでしょう。
 しかし、もし近い将来、ニューヨーク株が暴落してアメリカの経済に破綻が来たら、世界は大きな混乱に見舞われるでしょう。
 このような現状でも国は、景気回復、景気回復と叫んでいます。国は、景気が回復しないのは国民がもっと消費しないからだと消費を勧めています。特に貯金をたくさん持っているお年寄りに勧めて、挙げ句のはてには消費を勧めるために、地域振興券を配る始末です。
 今の国民にどんな消費が必要なのでしょう。生活レベルは、すでに足ることを忘れて贅沢な生活レベルに達しているのです。これ以上国が遊びを勧めたり消費を勧めて、はたしてよいものでしょうか。もっと私達は止ることを学べきではないでしょうか。
 また、異常気象による作物の不作や人災の増加などが加わってくると、今まで贅沢をしていた私達はパニックに陥り、物を奪い合う醜い本性が出るのかもしれません。そう考えると、ノストラダムスに頼らなくても、西暦二〇〇〇年代は大変な年代に入っていくのは間違いないでしょう。つまり、地球環境の大きな土壇場が近づいているのです。
 その次に、宗教問題、民族間題があります。
 中東のイスラエルとアラブの対立・旧ユーゴ問題・ロシアのチェチェン問題・アフリカの民族対立・中南米紛争・インドネシア独立問題・北朝鮮問題・インド・パキスタン紛争・北アイルランド問題・・・等々、世界を見れば、紛争の無い地域のほうがまれなのです。
 いつ日本も戦争に巻き込まれるかわかりません。仮に巻き込まれなくても、石油不足で大混乱に陥ることは目に見えています。これらの宗教戦争や民族紛争も、裏では利権に絡んでいることが多いのです。そしてその戦争に必要な武器を売る者もいるのです。このように、世界も宗教問題や民族間題といっても、経済が主体になっているのです。
 どうでしょう。以上のように、人間はものの豊かさを第一に取り上げていけば、自分で自分の首をしめていくのです。

【足ることを知ろう】

 この地球が本来の姿を収戻し、また人間も本来の心を取り戻すにはどのようになればいいのでしょう?それには、まず足ることを知らぬ金融経済の廃止や宗教問題や民族問題、また薬に頼る医療問題や競争意識を生む学歴主義の教育問越等々、数え上げたらかなりの改革が必要になるでしよう。
 ところが、それを実施しようと思えば、かなりの犠牲を覚悟しなければならないのです。しかし、その犠牲になる人々とは、社会的にも経済的にもトップクラスの人々が多いのです。はたして、そのような人々が、自らの立場を捨てて改革にのりだすでしょうか。人間は一度味わった贅沢は棄てがたいものです。しかし、自然の法則が人間を裁くでしょう。つまり、自然環境は元の姿を取り戻すために、あらゆる変化をするのです。地震・集中豪雨・台風・火山活動等々です。それに、戦争の激化により、人間は自分で自分を苦しめることになるでしょう。
 その時日本には、どのような影響があるでしょう。先程も言いましたように、たとえ戦争に参加しなくても、自給自足の出来ない日本では、物資の不足に見舞われるでしょう。その時に普段から贅沢をしている日本人は、パニックに陥り本音が出てくるのです。パニックに陥る原因は、人の噂からです。過去のオイルショックの時に、トイレットペーパーがなくなったのが良い例なのです。
 人間がパニックに陥るのは、人の噂からのマイナスイメージが原因です。そのような状態になりたくないということで、私達は慌てふためくのです。そして人間のマイナスイメージの想念が集まって、より事を悪くしていく結果になるのです。
 私は、人類は必ずこの危機を乗り切って、素晴らしい地球環境に戻し、また生活も足ることを知った明るい社会を築き上げると信じています。

【自分を信じることが大事】

 しかし、今の社会構造が変わるためにも、人類が経験しなければならない試練はあると思います。よく、終末論者のいう人類滅亡説などには、惑わされないことだと思います。考えようによっては、この時代は人間の魂の向上に最高のチャンスだと思います。つまり、真価の発揮できる時なのです。
 人間が人間の都合でつくり上げてきた環境です。このままいくと本当に地球は破滅して、人類は滅亡する方向に向かっています。しかし、自然の計らいの素晴らしさがあるのです。自然はいったん狂ったバランスを、元へ戻そうとします。その時に自然は混乱を起こすでしょう。それにまた人間も、いったん狂った心は自分の力で元へ戻そうという力が働くのです。この心のことを宗教では、『仏心』と言ったり、『神の子』というのでしょう。
今世界の宗教は、他力信仰が多くなっています。人間が作った公害や間違った社会の改革を、いくら神にすがっても無駄ではないでしょうか。人間がバランスを狂わせても、自然の法則は元に戻ろうとします。これこそが『神の慈悲』だとはいえないでしょうか。
 私達は、『人間が大自然の心と同じ心である』ことに気付けるチャンスが来ているのです。
 そのために、土壇場であわてふためかないように、普段から食料の備蓄はしておくべきでしょう。人間の体を見ても、非常時のための脂肪も15〜20%はあるのです。昔から「備えあれば憂えなし」と言うように、いつも備蓄をしておくと、いざという時にマイナスイメージにならなくてすむのです。しかし蓄えすぎも困りものです。脂肪も取りすぎると病気になるように、蓄え過ぎるとパニックになれば、人から恨まれたり襲われたりする原因になるでしょう。
 そういう時は、人の噂に惑わされず、自分を信じて落ちついて行動することです。その自分を信じる心を【真我】と言います。
 この真我について次章にて説明したいと思います。



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